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兵庫県立大学政策科学研究所 2023年度第3回シンポジウム「共生と芸術文化-持続可能社会の実現のために-」を開催しました

3月10日(日)、AI・HALL伊丹市立演劇ホール(兵庫県伊丹市)において、兵庫県立大学政策科学研究所主催、芸術文化観光専門職大学、兵庫県立美術館、関西学院大学産業研究所、第22回知の創造シリーズフォーラム(兵庫県立大学社会貢献部地域貢献課)共催で「兵庫県立大学政策科学研究所第3回シンポジウム『共生と芸術文化-持続可能社会の実現のために-』」を開催しました。

 

芸術文化の社会的貢献に注目
政策科学研究所では、「サステイナブルで豊かな社会の実現への貢献」を主なテーマに、兵庫県立大学SDGs宣言に対応した活動を展開しています。その中で、本学の各組織、他大学・研究機関、政府・自治体、企業と連携して、最新の知見を取り入れた専門家や実務家が登壇するシンポジウム等を開催し、一般の方々も含めて多くの方々に質の高い情報を提供しています。そして、文理融合や人文知、社会知の融合等の取組により、SDGsの実現に向かいたいと考えています。
今年度3回目の開催となる今回は、芸術文化の性質を社会生活に組み込むような施策が、これからの社会においてますます重要になると考えられることから、芸術文化の性質が社会生活で活用されることのメリットに注目し、日常生活では気が付きにくい演劇などの芸術文化のもつ社会的貢献、美術館等芸術施設の取組、欧州地域に展開する芸術文化支援や各種イベントなどの解説を通じて、芸術文化政策の現在や今後の可能性について検討が行われました。

 

はじめに、関西学院大学産業研究所の豊原法彦所長から開会の挨拶がありました。豊原所長は「兵庫県というのは、北は日本海、南は淡路島、太平洋に面しており、縦に170kmほどある長い県土となっている。そのような土地に生活があり、文化があり、そこに根ざした芸術がいろいろと広がっている」とし、「文化というと、各々が思っていることが必ずしも一致するわけではなく、様々な方々が様々な意見のもとで行動されている。バックグラウンドも異なるが、どのような形でともに協働、共生し、そして新たなものをつくっていくのかということが今後の課題になってくる。今日は様々な観点から、多方面の先生方のお話があり、パネル討論もあるので、それらを聞いていただき、考えを深めていただけたらと思う」と挨拶されました。

 

第1部 基調講演
基調講演では、芸術文化観光専門職大学の平田オリザ学長が登壇され、「芸術文化による対話型社会の構築を目指して」と題し、今後の日本社会で鍵となる、芸術文化の社会包摂的な役割と、芸術の多様性が生み出す対話の重要性についてご講演いただきました。
講演の中で平田学長は、ヨーロッパの多くの美術館やコンサートホールなどで月1回行われている、ホームレスの人々をコンサートや美術展などに招待し、これらの活動を通じて生きる気力や働く意欲を取り戻してもらうという「ホームレスプロジェクト」や、失業者割引があることなどを取り上げ、「『社会的に立場の弱い人々を社会につなぎ止めておくのに大きな力を発揮するのが芸術である』というのがヨーロッパにおける共通の理念であり、社会包摂というのは、資本主義でもなく福祉のばらまきでもない第3の道である。おそらくこれ以外に21世紀の先進国が進む道はないのではないか」と話されました。
また、平田学長は「日本は特に芸術文化の分野に弱く、世界の先進国の中で最も人間が孤立しやすい社会である」と指摘され、「日本は『失業は自己責任である』として、これまで失業者を切る政策をしてきたが今は決して自己責任のみではない」とし、「失業した方が平日の昼間に劇場に来てくれたら『落ち込んでいるときほど、アートが大事だよね』『新しい発想でまた働く道を探そうね』、生活保護世帯の親子が劇場に来てくれたら『生活が大変なのによく来てくれたね』と声をかけるような社会に変えていかなければいけない。これを『文化による社会包摂』と呼ぶ。失業した方々にこそ演劇や音楽が届く社会、困難な世帯にこそ芸術が届く社会をつくっていくべきではないか」と呼びかけられました。また、働き方改革や子育て支援といった社会問題についても言及され、「人々が生活を楽しみ、文化を享受できる社会をつくるときに芸術文化が果たす役割は非常に大きい」と話されました。
※社会包摂(ソーシャル・インクルージョン:Social Inclusion)…誰もが排除されず、国民1人ひとりが社会の構成員として平等に参加できる機会を持つことを指す。

基調講演のもう1つのテーマである対話について、会話が「親しい人同士のおしゃべり」であるのに対して、対話は「知らない人との間の情報交換や、知っている人同士の価値観が異なるときの擦り合わせ」であるとし、「日本では長らく稲作文化のもと強固な共同体をつくり、その中であまり話をしなくても以心伝心で伝わるようなコミュニケーション『ハイコンテクストな社会』を育んできた。それに対してヨーロッパは、異なる価値観、文化、宗教を持つ人たちが暮らしているので『自分が何者で、何を愛し、何を憎み、どんな能力でもって社会に貢献できるか』をきちんと言葉にして説明しないといけない『ローコンテクストな文化』である。特に多民族国家は、きちんと説明しないと通じないのでローコンテクストな文化になる」と説明されました。そして、国際化が進む日本において、日本人も対話力を身につけなければならないと言及され、「自分の文化を押し付けず、他者の文化を許容する。他の異なる価値観や宗教と出会ったときの喜びを少しでも見出すような教育を私たちはしていかないといけないのではないか」と提言されました。

 

第2部 講演
講演では、3名の方々にご登壇いただきました。
まず、2023年4月に兵庫県立美術館館長に就任された林洋子氏にご登壇いただき、「兵庫県立美術館は、時代と地域と「共生」できるか?」と題して、兵庫県立美術館が旧兵庫県立近代美術館時代の1989年から継続して行われている「美術の中のかたち―手で見る造形展」や、2023年から開始された手話通訳や要訳筆記付きの「ゆっくり解説会」の取組など、地域との共生に向けた取組についてご講演いただきました。
林氏は、兵庫県立美術館の現在の課題に「地域との連携」を挙げられ、「今までの『展示室の中でお宝を見せる』という昭和的な美術館の在り方ではなく、美術館と地域との連携を果たしていくということがあるとすると、県境をはじめ、国立・公立・私立という設立母体や、動物園・水族館といった館種を超えた連携、アジア等海外の文化施設との連携、文化観光や文化経済といったものとの連携もある」と話されました。また、公立美術館であることから、過去2年間、7月に実施された『プレミアム芸術デー』という県立の文化施設を無料でオープンするといった兵庫県全体の取組への参画や、施設利用のバリアを低くしていく経済的な問題への対応、一時保育の実施など、文化施設へのアクセシビリティを高める取組をされていることを紹介されました。「ゆっくり解説会」の取組については、聴覚障害の方だけでなく、高齢の方や非日本語話者の方にも分かりやすいと好評を得られたことから、当面年4回程度開催されることを紹介されました。最後に林氏は「当館らしい身の丈にあった『何か』を継続し、展開していくことが兵庫県立美術館の『共生』の現在であるので、ぜひ一度、足を運んでいただきたい」と講演を締めくくられました。

 

芸術文化観光専門職大学の小林瑠音専任講師からは、「英国アーツカウンシル:創設者ジョン・メイナード・ケインズの理念を中心に」と題して、アーツカウンシルとは何か、英国アーツカウンシルの創設者である経済学者ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes,1883-1946)の経歴、英国アーツカウンシル設立時から継承されているケインズの理念やメッセージについてご講演いただきました。
講演の中で小林専任講師は、アーツカウンシルとは、芸術文化事業に対する助成、評価および助言を中心とした文化政策の執行を担う専門機関のことを指し、日本においても2011年以降に文化庁や独立行政法人日本芸術文化振興会の主導のもと、全国規模でアーツカウンシル制度が導入されていると説明されました。また、ケインズは芸術愛好家でもあり、私財を投じての公立劇場の再建や美術館における展覧会の企画・運営、美術家をはじめとしたアーティストへの財政的な支援など、アートマネージャーとしても活動していたことを紹介されました。これらの活動を通してケインズが得た教訓について小林専任講師は「ケインズは、『個人の奉仕と善意に頼る民間の努力だけでは継続的な芸術支援活動は立ち行かない』という経験を身を持って知った。『公的な資金と、継続的に運営がなされる公的な機関が必要である』と、経験からアーツカウンシルの構想が生まれたのではないか」と話され、ケインズが残したアーツカウンシルの理念として、行政とは一定の距離間を保つべきであるとする「半独立の機関=アームレングスの原則」と、専門的な知見やデータに基づいてアドバイスをする「アドバイザー機能」の2点があることを紹介されました。
最後に小林氏は「それぞれの国・地域がカスタマイズしながら、こうした制度をつくっていく必要があるのではないか。芸術領域を連携、横断するハブステーションの1つとして、その役割を担う人材を育成していく機関として、共生社会づくりや持続可能なシステム構築に貢献していくことが重要ではないかと考えている」と話されました。

 

同志社大学経済学部の太下義之教授からは「欧州の文化事業と持続可能な社会」と題して、ヨーロッパの文化事業である欧州文化首都の事例から、共生または持続可能な社会のためにどのような取組がなされてきたのかの具体的な事例と、兵庫県への今後の文化政策に関する提言についてご講演いただきました。
欧州文化首都とは、毎年EU加盟国の中から都市を選定し、年間を通じて様々な芸術文化行事を開催する事業のことで、EUの「多様性の中の統合」という理念と密接に関連しており、域内の文化的共通性と多様性を同時に表現しようする特徴があるといいます。講演ではオランダのロッテルダムやフランスのリール、オーストリアのリンツ、ドイツのエッセンで行われた事例の紹介がありました。
また、太下教授は、文化政策に関する兵庫県への提言として2点挙げられ、「1つめは、芸術支援のための専門組織であるアーツカウンシルを兵庫県でも設立したらどうか。兵庫を中核として持続可能で豊かな社会を創造するということを構想しても良い段階に来ているのではないか。もう1つは、欧州文化首都を参考にしてつくられた『東アジア文化都市』という、日本・中国・韓国の3か国が毎年それぞれ『東アジア文化都市』を選定し、3か国の3都市が文化交流を行うという事業についてである。2014年から始まり、今年で10年目を迎え、今年は石川県が選定されていたが、残念ながら1月に発生した令和6年能登半島地震の影響で東アジア文化都市の返上を発表しており、日本では行われないことになっている。この東アジア文化都市の事業を兵庫で実施したら良いのではないか。開催にあたっては、できれば但馬地域に芸術文化観光専門職大学があるので、ここを中心に演劇祭を中核とする東アジア文化を開催してはどうかと思う」と提言されました。

 

第3部 パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、政策科学研究所の中村稔特任教授の司会で「異質な他者との接触と共生-芸術文化の社会的貢献-」をテーマに、これからの日本において芸術文化が他者理解や共生のために役割を果たすべく必要な環境などについて、討論が行われました。

 

この中で、中村特任教授から、ポーランドで保管されていた日本の浮世絵の膨大なコレクションを展示するため両国の官民の協力で古都クラコフに博物館が建てられた経緯の説明があり、芸術文化が国際的な連携を生むと同時にこうした連携の中で芸術文化が他者理解や共生に貢献している事例が示されました。また、兵庫県が在留外国人数全国7位で多文化共生を標榜する地域であり、様々な芸術文化施設も充実していることが中村特任教授から紹介され、これを踏まえて、兵庫県における芸術文化の位置づけやその役割への期待についても討論が行われました。

 

最後に、政策科学研究所長の田中隆教授から閉会の挨拶がありました。田中教授は「古来より社会には様々なバリア・障壁が存在してきたと言われている。例えば、平安時代以前は巨大な障壁であった生きている者と死んでいる者の世界を、弘法大師・空海は、法事や葬儀といった祭(まつり)という文化の1つの形で解消・克服したと言われている。この偉大な例は、空海という人物の偉大さは言うまでもないが、社会の様々なバリア・障壁を解消し、克服するのは、まさに文化や芸術であるということを教えてくれるものだと思う。そして、その芸術文化の力は、われわれにサステイナブルな世界をもたらしてくれるものと言えるのではないかと思う。本日のシンポジウムから、持続可能な共生に向けて、グローバル社会を含めた今後の社会におけるバリア・障壁を解消していく芸術文化の社会的貢献の大きな可能性を、少しでもみなさまに示すことができたなら、主催者として大変嬉しく思う」と述べ、関係者の方々に感謝の言葉を送り、シンポジウムを締めくくりました。

 

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